2008年08月

雨降りに緩急はあるか

しばらく放置申し訳ないです!
こんな大雨のなかでもカタツムリは決して紫陽花の葉の裏には隠れない。
なぜなら毒が含まれているから。毒人間のYouです、こんばんは(?)。

どうやら中央線はまだ機能してくれているようです。
頑張ってくれ、明日までは24時間頑張ってくれ。

さて、久方ぶりの近況報告ですが特にこれといったイベントはありません。
本読んで、雑誌読んで、新聞読んで、論文を少しずつ書く日々です。追い詰められてくると武者震いみたいなものがしてくるのはマゾヒストだからでしょうか・・・と思い詰めてみたり。(親しい友人からは「お前は間違いなくサドだ!」とかよく言われるのですが)オリンピックについてちょっとだけ触れておきたいのですが、正直今回のオリンピックで観たのは野球と卓球だけです。野球は、まぁこんなものだろうなぁと思う。星野さんの采配がどうこう言われていますが(それも確かに問題ありましたが)それよりも何よりも日本のプロ野球選手はこうした国際大会では貪欲さと一瞬の集中力がものを言うことをわかってない。一番の要因は自覚の問題だと思う。選手たちがベンチでニコニコしている姿を見て、あぁ、これではダメだろうなぁと思いました。あと、こういう短期決戦だと「総力戦だ!」とか言って先発ピッチャーを中継ぎに回して継投策に出たりするのは個人的にはいただけない。投手も、打者も、一人一人が長期戦を睨んだリズムを作っている。先発のなかには「一戦だけであれば」リリーフをつとめられる投手もいれば、その「一戦だからこそ」リズムやタイミングに徹底的に合わないリリーフもいるように思う。また、上原のように、しばらくストッパーを任されていたために先発のリズムが掴めなくなっている投手もいるのだから。もちろん必殺武器である低目ストレートの球威の低下やスタミナの問題もあるだろうけれど。

あと、卓球ですね。卓球は単純に見ていて面白い。
サーブ見ているだけでも面白い。テレビで観ていると何やってるかわからないあのサーブですが、実は数回フェイントを入れてるらしいのが驚きです。何回かラケットのラバーで擦って回転数を上げてたりするとか。ちなみにテニスのサーブでも似たようなことをします。フラットサーブではラケット面を垂直にボールに当てるだけですが、特にセカンドで多用することになるスピンサーブでは、①まずラケットを外側上方へ持っていきボールを擦りあげるようにしてスピンをかけながら②親指を内側にしながら打ち込みます。僕は高校のテニス部時代①のスピンのかけかたがさっぱり!わからずに苦戦していました。超不器用なので。理論としてはわかるんですよ?スピンをかけて、でもって打ち込むわけでしょう。でもスピンを”かけながら”打ち込むという一連の動作がわからないわけです。ながら行動の悲劇。電話をかけながらテレビを観ることもできない僕に何をしろと。そして卓球ではこれを数回行うという。全く考えられない話です。あと、たまにかまされるスーパードライブとか、その勢いを殺してふわっとしたロブで返す後陣の戦法とか信じられない。一体どんな動体視力と技術を持っているんだろうといつも関心して見ています。

と、長くなってしまいました。雨はまだ降り続いています。
大雨・洪水警報が出たようなのでまだ降り続くのではないでしょうか。僕はカタツムリと一緒に引きこもろうと思います。出来る限り毒を吐かないようにして。さて、明日は音大に通ってる後輩のピアノ&ヴァイオリンコンサートがあるようなので行ってきます。後輩の演奏を聴くのも久しぶりなので楽しみです。


p.s.

一時的にスキン変更。
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』が映画化されて、やみくろが可視化されたらこんなかんじになるのだろうか。想像するだけで恐ろしいことだ。もしかしたら、この恐ろしさこそ、やみくろなのかもしれない。そういう意味では成功もありえる。そう、映画化といえば、先日公開された乙一の『死にぞこないの青』を観に行こうと思ったのだけれど、アオから美少女が出てくるという新設定を聞いて観る気がなくなった。暗黒の大海たる人のイドも「萌え系」にされてしまうのがこの時代なのである。黙祷。

不完全な不完全変態

早朝の散歩中。

200808060619000.jpg

また、えらいところで脱皮したもんだなぁ・・・と。

ドゥルーズ曰く「死の領土」を選ばない動物は人間だけらしい。
じゃ、「脱皮の領土」なんてものがあるとすればどうだろう。

昆虫はそれを自ら選び取るのだろうか。そして人間は?人間は仮に”脱皮が可能だ”と申告されたとしても、間違いなく、こんな危険な場所は選ばないでしょうね。大抵の人が、自宅とか、病院とかを選ぶだろうし、加えて誰かに見守られながら脱皮したいと考えることでしょう。ああ、でも自分の容姿が今までとめっちゃ変わったら周りの皆驚くだろうなぁ、ちょっと・・・いやかなり恥ずかしいなぁとか、だったら一人の方がいいかなぁとか、葛藤しながら不完全変態するのです。

臆病な人間は、不完全な不完全変態しかできない。
「タイタニックで船の頭のところでワーとかやってたローズとジャックが悲劇を免れたか?」「二人でさえこれだ。恋人同士で一緒にいてさえこの結末だ。一人じゃどうにもならんだろ」とかなんとか理由をつけつつ、結局、安全な場所を選ぶに決まっているのだ。

否定の否定は肯定。
だから、それは一種の変態である。
たぶん、昆虫たちからすれば。

癒しは毒饅頭

資料収集のため、国会図書館に行った帰りに雷雨にやられる。
亜熱帯気候を呼ぶ男(自称)であるところのYouです。こんばんは。
中央線止まるしね。中央線弱すぎるだろ、ほんと。
この脆弱性には修正パッチが必要だと思う今日この頃です。

さて、ただいま「癒し」の文献目録を作っているのですが、あまりに多すぎてめげそうです。1980年代以降、タイトルに「癒し」とつく本がおよそ1000冊、論文が2500本くらいあります。本の方は編集済なのですが、論文の方が全く終わる気配がありません。今、ちょうど2001年付近に到達したところですが既にワード形式で50ページくらいあります。2002年以降は年間200本ペースで論文が出ているので、総計でたぶん100ページくらいになるはず。マジで勘弁してほしい。もちろん、ここでまとめた論文を全部取り寄せるなんてことは無理ですが(つーか金銭面的に出ることはできませんが)、一度目録にしておくと言説変遷の全体像が見通しやすくなるし、ちょっとしたことで本や論文を取り寄せたいときに便利だったりします。だからやります、やり遂げます。気合で。

ざっと見ていて思うことは”もはや何でもアリなんだよね”ってこと。とどのつまり、何でも良いんです。自然でも、音楽でも、温泉でも、ハンドベルでも、酒でも、セックスでも、イルカでも、ロボットでも。全部、近年的な意味での「癒し」に繋がります。ただ、間違ってはいけないのは「癒し」が”ある”のではないということ。つまり、何らかのカタチとか、性質をもって「癒し」が外部に存在しているというわけではないということ。ストレスフルな現代人がどこか見誤っているのはこの点なのだと思う。極端な話、彼らは「癒されたい」と思っているし、上記のような媒体を使って「癒される」(もしくは「癒されるべき」)身体を形成しているわけだけれど「癒す」身体をイメージできない。「癒し」は「社会的癒し」とか「地球の癒し」とか、マクロなレベルで語られるわけだけれど、「じゃ、君たちはどうやってそれを”癒すの?”」と問いかけたところで明確な答えが返ってくるわけではない。癒し言説を道具として扱いつつも、ある意味で”扱われている”問題点がここにある。そういえば、宮台が宗教と恋愛の「癒し機能」を例に挙げて、これらが人々の「全面的包括要求」に応えうるものであると主張していたことを思い出した。全面的包括とは、まあ単刀直入に言ってしまえば「今のままでいいんだよ・・・」「弱いままでいいんだよ・・・」という社会における存在論的な全面的肯定の役割を果たすということだ。

近年の「癒し」言説は存在論的な意味での「現状肯定」と「現状否定」の弁証法のなかで消費されている傾向があるように思う(意味的に明らかに強いのはやはり前者であるが)。「痛みや弱さを何とかして取り除くか」「この痛みや弱さを自己の一部として認める(認め合う)か」。後者のような言説の間主体的共有は、それが一時的であっても、というよりも、一時的であるからこその「やすらぎ」である。それは反復が予想されうるからこそ更なる反復を呼び寄せる。心地よい反復、それは一種の麻薬である。社会問題とか、各人”それぞれ”が抱える別々の心の痛みとか弱さの多層性とか、無力感や空虚感などが感覚論的にポジティブな方向へ一義的に還元される。そういうシステムみたいなのが内面化される。しかし、そいつはすぐに解体される。けれど、また構築される。解体され、構築され、そんな連続。そんな網の目なかに「癒し」言説の暴力性が見出せる。しかし、本当に問題なのは、そんなところにいながらも無自覚の仮面を被り続ける現代の自己愛的人間なのだろうと思う。現代人、特に若者は、皆で一緒に同じように傷ついたり、回復したりすることで満足し合うような幻想から抜け出さなきゃならない。

さーて、もうちょっと文献目録作りを頑張ります。
今日は徹夜っぽいなぁ。


追記

最近、夜になると怪しい咳が止まらなくなる。
あまりに咳をしすぎて腹筋レベルが2上がりました。

って、冗談言ってる場合でもなさそうな。
何かの病気じゃなきゃいいんだけど。
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