2019年09月

足の肉付きはしばしば、

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退院直後は10分も歩けば息を切らしていたのだが、9月に入って体力と諸々の筋力が回復してきているのか、最近は1時間弱(といっても、普通の呼吸で歩けるのは30分程度、1時間も歩けば足は棒、であるが・・・)は持続的に歩けるようになってきた。まだ日中は暑いので、朝晩にリハビリも兼ねて近くのコンビニまで散歩して、朝はアイスコーヒーを買って飲むことが日課になってきてるのだけれど、この習慣が功を奏しているのか。
入院中、約1ヶ月ほど全く歩けなくなったとき、リハビリ担当の先生から「まずはどのあたりを目標にしようか」と聞かれ、思わず「部屋の窓際まで歩きたい。窓の外を眺めたいです」と答えた、そんな景色が外気の匂いと虫の声つきで眼前に存在していることが、まずは感慨深い。もうすぐ退院してから2ヶ月は経つのに、まだまだ感慨深い。この感動?感傷?みたいなものが日常的に続いていくのだとしたら、それはそれで凄いことなんじゃなかろうか。
で、足腰について。これは入院中に歩行練習していたときから思っていたのだけれど、歩ける感とか、歩けなさ感、みたいなものへの向き合い方が、当然のごとく歩けていたときとはちょっと異なってきているような気はする。たとえば、今、長時間散歩をしてヘロヘロになって、足が思い通りに動かなくなることがよくある。いわゆる膝が笑う(そして腰も笑う?)かんじで足が前に進まない。そんなとき、自分の影を見てみると、背筋がやや前屈みになってたり、顎が上に持ち上がってたりする。
疲れているのはもちろんだけど、そもそも歩き方が違うんじゃね?とか思えてきたりする。「(あれ?おれの“元”の歩き方ってどうだったっけ?)」、そんなふうによくわからなくなることが時々あるのだが、病気にもならずに普通に生活していたら、こんな疑問は湧いてこなかっただろうな、などと笑えてくることもしばしば。
答えが返ってくるはずもないのだが、、、背筋をピンと伸ばし、顎を落としても、拭えないその違和感に「(歩き方ってどうだったっけ?)」と再度、この足腰に問いかけることも、またしばしば、である。

薬代が悩ましい

入院中もべらぼうな経費がかかっていたわけだが、退院後も金回りが大変である。
何といっても、薬代。絶対に必要なものとはいえ、毎回の外来受診時に処方される薬代が、全て保険適用であるにも関わらず、今借りているアパートの1ヶ月分の家賃に相当する。言っておくが、おれの部屋は激安賃貸物件ではない。ある程度の覚悟を決めているとはいえ、薬局窓口のお姉さんから「本日は〇〇〇〇〇円ですね」と宣告されるたびに、絶望感に打ちひしがれる。「(まじで!?PC買えるじゃん!!)」と心のなかで叫ぶが、冷静さを装い口には出さず、その後の若干のうつ気分はバナナを食べるなどして解消させる。
調べてみると、処方されているもののなかにとんでもなく高価な薬が一種類含まれているようなのだ。「こいつか!この小さな粒なのか!」と憎しみをもって握ってみるも、手のひらにはささやかな粒感が残るのみ。いやいや、そんなことはしてはいけない。この一粒、薬たちに助けられているわけだからなぁ。
今までの人生では、せいぜい1回につきこの10分の1くらいの薬代までしか支払ったことがなかったので、なんだか異次元の感覚である。もちろん、薬代だけではなく、診察料や検査料も請求される。社会保険料や住民税・市民税の特別徴収できなくなった分も容赦なく請求される。出るのはため息だけ。はぁ・・・。
一応、贅沢しなければ数年間は何もせずにふらふら遊んでても問題ないくらいの貯金はあるし、そろそろ傷病手当も入ってくるので、しばらくは大丈夫かな、と。あとは無駄に出費の多い本代を削って誤魔化そうかね。主治医からは年末を目処に一気に減薬するという希望のあるお話をいただいているので、その希望を胸にいだいて待ちたいと思う。
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